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四国遍路・祈りの旅(ハ)


第46番霊場「浄瑠璃寺」で、霊場参拝者としては珍しい?、スーツ姿の一人の紳士と出会った。そこでも「お接待」をいただいた。お接待を受けたら「納め札」を、頂いた方に名刺代わりに渡すという風習のあることを初めて知った。四国遍路の「お接待」について、その方は丁寧に教えてくれた。

「お接待は快く受け入れることです。相手の方の信心を汲み取って、その人のためにも遍路は共に祈願してお四国を回るのです。その人の心も巡礼していくのです。それをありがたく、また一体的に想って下さい。その巡り合わせの因縁が、自他もろともに仏の道を悟っていくということなのです。」

その紳士の方は、遍路の先達さんなのかもしれない。心にしみいる言葉であった。


第53番霊場「円明寺」には、「マリア観音」の碑がある。その境内で年配の女性お遍路さんとすれちがった。軽く会釈をした後、何かつぶやかれたような気がした。そして、高知のある霊場で地域の人達が語っていた話を想い出した。すごい「願かけ」をして、歩いて四国を巡礼している女性遍路さんがいるという話だ。参拝を終えて次の霊場への道を少し速めに歩いて行ったが、その人を見つけることは出来なかった。


第54場霊場「延命寺」へ向かう途中、瀬戸内海を眺めて休憩していた。車が止まり、年配の方が話しかけて来た。北条のはずれまでお接待しますと言われるので、車に乗せてもらった。その方は途中、ある句碑の前を通るといって、その句を読んでくれた。「道のべに 阿波の遍路の 墓あはれ」

…これは昔、ある詩人(高浜虚子)が、お遍路さんのいきあたりの死を見て詠んだそうだ。その方は語る。昔の人は、もう死期が近かったり、病気でもう「死ぬ」という身になった時、せめて「お大師さん」のもとで死んでいこうと、何もかも捨てて、ただ最期まで歩き続けたという。何処で死ぬかもわからない、そんなことも考えず、ただ、大師のもとで死にたくて「四国」を巡礼したそうだ。このような話が、四国路には多くさんあるのだという話をしてくれた。


その日は延命寺で野宿させてもらった。星がやたらと明るく輝いて見える夜だった。翌日、次の霊場へ向かって歩く途中のことである。向こうから老婆が歩いて来るのが見えた。おばあさんは、すれちがいざまに白衣の袖にさわりながら「南無大師遍照金剛、南無大師遍照金剛…」と涙声で唱え、悲しそうに去っていった。その時の感触、一瞬感じたことは、決して忘れられない「祈り」であった。

四国の遍路道には様々な祈りが流れている。道半ば、行き倒れた遍路たちの悲願が響いている。

卑劣な「悪意」や「詐欺」でさえ白昼堂々と行われている世の中である。「真実」の祈りがまかり通らぬということはない。そんな「祈り」よりも、「一発の銃声が答えだ」と欺瞞に満ちた人たちが言う。


「祈り」は無意味ではなく「実現」してこその「祈り」である。「何を祈るのか(想うのか)」を明確にすればするほど、現実化 (実現化)するようだ。空海は「仏と我々の三密(身・口・意)が、不思議な働きによって、応じあう時、速やかに、さとりの世界が現れる」と言っている。人は誰しもいつかは「死」を迎える。遍路の祈りの旅は、終わることなく続いている。如来に見護られ祝福がありますように-。

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