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四国遍路・祈りの旅(ロ)

遍路の途上、すごく「霊感」の強い人が高知の山奥に住んでいる、という話を聞いた。それで、是非会ってみたいと想っていた。

遍路道を何日か歩いて、第45番霊場「岩屋寺」から土佐の山奥へと向かって旅をした。歩きながら、ヒマラヤ聖者の「解脱の真理」という本を読んでいた。…物質とは現れ出でざるものの現れである。…創造する生命に、何の努力もせずに、おのずから、本然の完全無欠の状態を現出する働きを可能ならしめる、あの意識状態に君は達することもできるのである。

名前と住所をたよりに山道を登り、何とかその山の上にたどり着くことができた。その人は、長年にわたり、一人山籠もり修行をされている「神仙」のような人だった。突然の来訪者にもかかわらず、G師はあたたかく迎え入れてくれた。

山小屋の外観からは想像もできないほど、部屋には空調設備や大きなテレビ、望遠鏡等があり、壁中に書籍が並んでいた。奥まったところには祭壇があり、神社のような部屋で、「ご祈祷」を専門にされているようだった。

そこで様々な霊的教えを請い、話は尽きることがなかった。神仏の世界のことや、遍路をしていた時に空海に会った話、宇宙人と会った話など…。一晩その小屋に泊めてもらいたいと願ったが、電話番号を教えてくれて、また後日、お会いできることを楽しみにした。

帰り際、師から思わぬ大金のお接待を受け、山を降りて行った。夕暮れ時、不思議なことに、師が指定された山あいの旅館にたどり着き、泊めてもらうことができた。宿のそばには川のせせらぎが聞こえ、河鹿が鳴いていた。この世の者ではない、というような人に出会った。後で思えば、その師の山に消え去っていってもよかったのではないかとも想う。居心地のいい旅の宿、静かで心地よい「仙境」にいるような一夜であった。

あくる日、川の音に目が覚める。窓の外は渓谷美、透き通った水が緩やかに流れている。昨日薄暗かったので、どのあたりの山からどの道を通って降りて来たのかさっぱりわからなくなっていた。

川沿いに国道33号線まで歩き、あるバス停からバスに乗って、次の霊場・第46番「浄瑠璃寺」へと向かった。

乗客はただ一人、美しい山々が窓ごしに過ぎてゆく。三坂峠を越えてから「次のバス停で降ります」と運転手に言った。やがてバスは止まり、運賃を支払い降りようとするその時のことである。運転手の方がポツリと言われた。

「お遍路さんは白装束、白装束は死装束、武士のハラキリと一緒です。いつ死んでもいいあなたに、お金などもらえません。…どうぞ、気をつけて。」…この言葉は今も心に響いて来る。運転手さんの声は淡々としていたが、何故か遠くを見つめて何かを祈っているような感じであった。運賃のお接待-運転手さんにお礼を言ってバスを降りた。


四国は、大師の教えが生きる「密厳浄土」なのかもしれない。様々な仕事に就きながら、人知れず「遍路の祈り」を支える菩薩のような人々が住んでいる。

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