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高野山紀行2019



9月21日深夜に家を出て徳島港へ、午前3時前のフェリーに乗り早朝和歌山港についた。今では高野口まで高速道路ができている。そこから山に向かって約30㎞、高野山(標高約900m)に到着する。朝早くともあり金剛峯寺の正面駐車場に車を止めることができた。


今回は、真言密教の総本山・金剛峯寺で「阿字観」体験をした。美しい回廊を巡り、大広間で休憩した後、別棟の阿字観道場に案内された。阿字観とは宇宙の根源(大日如来)と一体化する密教の瞑想法である。道場の真ん中に大きな「阿字」がかけられている。その図の蓮華は高野山の八葉の峰を現し緑の地が高野の平地で

その中央にこの道場が位置しているという。その上に阿字本尊が描かれている。

僧侶の指導により、礼式作法から調身、調息、調心と禅定に入る。1時間の体験であったが、清涼な空気の中で広大で静かな世界にしたることができた。道場を退室する時、一礼をし阿字本尊を見つめると一瞬-阿字が黄金色に輝きを放った。


その後、壇上伽藍周辺を散策し、早めに今日の宿坊である「不動院」に入.る。 

高野山は約1200年前、空海大師が山岳修行を遍歴する折りに訪れていた平原の幽地である。時の天皇より一山を賜り、今では聖なる仏都、山全体が真言密教の修行道場となっている。宿坊が52寺あり、今思い出すとこれまでに15ほどの寺院に宿泊している。金剛三昧院、光明院、清浄心院、総持院、大明王院、持明

院、蓮華定院、普賢院、地蔵院、三宝院、福智院、天徳院、西禅院、龍光院、遍照光院…。不動院は、山懐に抱かれ、俗世間を離れたかのような静かな地に立つ綺麗な宿坊である。図書館があって、普段では見られない密教の書物が多く置いてあり、関心を持って読んでいた。精進料理をいただき、風呂に入り、長い縁側の木のローカに座りライトアップされた山肌の庭園をながめたりして過ごした。


翌朝4時ごろに目が覚め、奥の院へ参拝に行った。一の橋から奥の院までは約2㎞、石畳や階段が続いている。暗闇の中、薄明に照らされた参道を行く。両端には杉木立と多くのお墓が並んでいる。見上げると杉の梢の隙間に半月が見え隠れする。まだ明けやらぬ早朝、奥の院に到着。奥の院は空海大師が入定された聖

地で、今もなお大師は禅定を続けられていると言われている。奥の院の前では、静謐にひたるかのように一人、黄色の僧服を着た僧侶が瞑想をされていた。燈明を灯し香を捧げ般若心経を黙拝する。しばらく奥の院の庵をながめていた。時々そよ風が杉木立を揺らし、時に音を立てて吹いてゆく。その僧侶は微動だにせず

                       ずっと瞑想を続けられていた。

奥の院の前庭に戻り、杉の大木にもたれて空を見上げていた。庵を包みこむように大きないくつもの杉の木がそびえている。その間の上空が次第に群青色を帯びてくる。風が吹き杉の枝が音を立てその梢が大空に揺れる。空の向こうから宇宙に住む「菩薩」の姿が現れて来るような崇高で美しい何とも言えない不思議な感覚にうたれた。ほの明るい光の、やさしく力強いエネルギーが降り注ぎ、その場を満たしているようだった。ひととき、その心地よい感じに慕っていた。

奥の院の階段を下り、参道を帰る頃、あたりはもう夜明け。歩いている体が何故か空気のように軽くなっているのを感じた。不動院に戻り、7時から朝の勤行に参加する。薄暗い堂内に香がたなびき荘厳な般若理趣経が響く。もうすぐ母の一周忌ともあり、今後1年間不動院で供養してもらうことにした。

朝食をいただき、宿を出たのち、今度は中の橋から奥の院への参道を歩いていった。早朝には奥の院で禅定に入っている空海大師に朝食を届ける僧侶たちに出会ったのだが、今度は昼食を届ける僧侶たちに出会った。参拝者が多く、観光団体の後を行くと、ガイドさんの説明が自然と聞こえて来る。昼間の参道はまた違った雰囲気がある。奥の院へ参拝するのなら、早朝の静けさの中を歩いて行く方が、より高野山の霊気を体感することが

できる。

お香やおみやげを買い、帰途についた。台風の接近でフェリーが欠航となったので、大阪・神戸を経て淡路島に渡った。台風の影響で鳴門大橋が通行止めになるその寸前であった。強風の中、四国に帰り着くことができた。 (2019.9.21~22)


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